昨季、一気に躍進し、ダークホースから全日本優勝を狙える存在に成長した丸岡RUCKレディースには影で支える存在がいた。関東リーグ時代のCASCAVEL、東京都選抜、Fリーグ湘南ベルマーレで指揮を執った前川義信氏が丸岡を指導した事を知る人は決して多くはない。ベンチに入る事はなかったが、丸岡に多大な影響を与えたのは想像に難くない。その前川氏に話を伺った。
- 実際に東京と福井という距離的な問題があったかと思いますが、どのくらいのトレーニングを行えたでしょうか。
前川:全日本選手権優勝を目標とするチームとしては、多い日数とは言えないですが、そこは指導者もハードワークして行くべき機会ですからね。全日本選手権までは、9月、10月の時期に福井にてトレーニングを行えました。
9月に1回の渡福、3日間で6セッション+3ビデオセッション、10月は1回の渡福、2日間で4セッション+1ビデオセッションを行いました。
全日本選手権後も2月に2回の渡福、4日間で8セッション+4ビデオセッションを行いました。
- 選手たちの反応は
前川:時間に対して求めた質・量を考えると、本当に大変だったと思います。さらに彼女たちは子供の頃から幼馴染で、父兄がコーチという環境でやって来た所に、東京から見ず知らずの私が来て指導を受ける訳ですから、戸惑いもあったと思います。そのため、初回のセッション前に彼女たちに決めてもらった事がありました。それは、今後の私と選手たちの方向性についてです。方向性を決めてもらうに当たり「何の為にフットサルやっているか」と質問したのですが、「全日本で優勝したい」「代表になりたい」という声が多数であったので、私は、「君たちの目標に対してトレーニングを行うし、君たちへの接し方も同様にする」といってベクトルを合わせて進んでいくことが出来ました。 こうした事もあり、彼女達は一生懸命やってくれたと思います。
- 変化はどうでしたか?
前川:実際にプレーレベルは目に見える形で向上したのではないかと感じます。インテンシティー高くプレー出来るようなり、試合でも発揮できるようになりました。ボールを奪ってのトランジション攻撃は得意。それが彼女達の自チーム分析でした。そのため、より相手ゴールに近い位置でボール奪取回数を上げ、効果的にスコアするため守備の基本技術戦術とマーク交換を使ったプレッシング、プラス回避された時の対応とゴール前のセットプレーを中心に全日本選手権までは指導しました。
- 特に重要視した点は何ですか?
前川:「アクションタクティカ」と呼ばれるプレーサイクルを身につける事です。何を基準に考えて良いのかわからない選手に「自分で考えろ」と言う指導者を目にすること有りますが、それではかわいそうです。全てのプレー局面において、自分の視覚を軸に情報を得て、何がチームにとって最善か自分で決断し、技術発揮する事を求めました。それが無いと、戦術的なタスクを上乗せする事は出来ないので、彼女達は最終育成年代に差し掛かる選手である事を考慮し、そこは重要視し、理解した上で戦術的指導を行いました。
プレーを観て戦術的欠点を修正する為の指導をする事は、少しフットサルの観察力があれば決して難しく有りませんが、魚が釣れない人に魚を与え続けても魚を釣るようにはなりません。私は丸岡RUCKレディースにとっては外部コーチでこの先いつまでも指導が出来る訳ではありません。でもそこさえ理解出来ていれば誰から指導を受けても自分で解決出来ると考えました。
- 女子の指導は初めてですが、その点はいかがでしたか?
前川:自分の勝手な「難しいだろう」と思いこみは取り越し苦労でした。女子選手の指導経験はゼロに等しい物でした。特に丸岡RUCKレディースの選手達は若く、最終育成段階でメンタル的にも多感な時期でもあります。そうした背景が双方に有ってトレーニングを開始して行ききました。
私は女子チーム指導の経験がこれまでも多くはないので、全ての女子チームがそうであるのか?はわかりませんが、選手達自身がトレーニング効果を実感し始めた後は、個人としてもチームとしても丸岡RUCKレディースは進歩が速いように感じました。それが女子特有のものなのか?年齢から来る事なのかはわかりませんが、選手と指導者としての信頼関係が築けるようになってからは、むしろトレーニングしやすかった。それは彼女たちが高い向上心を持っていたからでしょうし、日頃の環境がそうさせたのでしょう。私はそれにしっかり応える指導を提供しようとしてきました。
- 女子フットサルの印象はいかがですか?
前川:丸岡RUCKレディースに指導する事が決まってから、関東で試合観戦に行き、2つの印象を持ちました。1つは地域により全く環境が違う事、もう1つはシステム攻撃への依存です。それは丸岡RUCKレディースへ指導の方向性を決めるヒントにもなりました。
まず、丸岡RUCKレディースと関東や関西の強豪チームは、全く別の環境にある印象があります。彼女たちは、各地から集まってきた選手で構成されている訳ではありません。チーム構成上で選手を資源と考えた場合、関東や関西のチームは他のエリアと比べて比較にならないくらい圧倒的に恵まれている事を知りました。
そして、観戦した関東強豪チームはモダンで有る無しに関わらず、優れたシステム攻撃戦術を持ち、試合中にシステムを機能させ素晴らしい攻撃をしていましたが、そのシステム攻撃戦術は各チーム共通の問題点を抱え、高確率で同じ問題が再現されていました。観戦試合の多くはプレー強度が低い傾向が有りましたが、強度の高い時間が全く無い訳では有りません。時折訪れる高いプレーインテンシティー環境下においてはホール保持がままならず、攻撃の基本技術戦術で局面を打開する事ができず、守備トランジションから決定機を作られる事が連続していました。そこから全日本選手権に向けて、丸岡RUCKレディースの強化ポイントを決めるヒントを得る事が出来ました。
高いプレーインテンシティーを保ちながら、マーク交換を行う守備システムで、プレスを行う事を強化ポイントの一つに決めて、実際に全日本選手権では求めた通り、プレッシング⇒攻撃トランジション⇒得点というシーンを再現出来ました。
誤解されると嫌なので事前に言っておきますが、システム攻撃戦術は私自身の好みだけで言えばとても大好きな局面です。でも、それと同等に大事な別局面がフットサルには有る事もまた事実です。1つのシステム攻撃が出来るからと言って、フットサルの全局面をコンプリートした訳ではない。定位置守備も、攻守のトランジションも前後の繋がりを持った大切な局面です。
プレー強度が高い中で、各局面のシステムが機能するかはとても重要です。私は、対戦相手としてスカウティング目的で試合を観る以外のビデオによる試合観戦は、スペインリーグの試合を見なさいと丸岡RUCKレディースにビデオを渡しました。その理由は、スペインリーグの強度やテンポを普通の状況にする事を求めたかったからです。
プレー強度が保たれている上に、システム守備・システム攻撃が乗っかってこないと、世界では勝つことはでいない。代表に入りたいと言うならそうした情報を得て世界を知る事で成長スピードを上げられると考えました。自分自身の経験ではCASCAVEL(現ペスカドーラ町田)で指導者を始めたころに周りの選手たちがそうしていたのを覚えています。でも丸岡RUCKレディースの選手達が実際どれだけ渡したビデオを観ていたのかは知りませんが・・・
- プレー強度をもう少し具体的に言うとすると何でしょう。
前川:全日本選手権向けに行ったセッションの中心は守備なので、守備で言えば守備の基本技術戦術のレベルを上げる事から始め、例えば:攻撃の方向性を読み、ボールの移動中に寄せる、止まれる距離を知る、間合いを圧縮する事等で、結果としてボールを攻撃する事でヘッドダウンさせ、相手の知覚認知情報を削る事を求めました。
守備の基本技術戦術の強度・精度を短時間で可能な限り上げて、次に逆アラのスペース支配、カバーリング、マークの入れ替わり等、ジャンプする事など守備のグループ戦術が加わって、さらにチーム戦術としてマンツーマンの交換付きでプレスを行い、コレクティブに強度高いプレーが可能にしていく事を求めました。結果、相手攻撃のプレーの精度を下げるという目的が達成できる事になります。そういう強度の高い組織的な守備に対して対応できる攻撃があって、言い換えればしっかりとした盾と矛でやりあわないとレベルは上がらないのではないでしょう。今大会に向けて特別に攻撃の練習をした訳では有りませんが、守備レベルが上がる事で攻撃のレベルの向上も実際に見る事が出来ました。
- 今大会(全日本)の印象はいかがですか?
前川:今大会、各チームに個のポテンシャルの高い選手が多く存在している事は、日本全体とし良い事だと思いました。また強豪チームは、事前の印象通り高度な攻撃システムがあるものが、プレー強度が高い守備に対しては精度を欠き、守備の強度もそれほど高くない印象が多かった。日本の女子フットサルにおいてはシステム攻撃に重点をおいた発展してきたという経緯があるように感じます。
私が指導させて頂いた丸岡RUCKレディースやarco-iris KOBEさんはシステムに違いはあれど、今大会においてプレー強度高く守備の出来るチームでした。このように強度と保ち組織的な守備を前にする事で機能不全を起こすシステム攻撃が自チームに有ったら、私が指導者ならどこかに疑いを持つわけです。参加チームが次の大会でどのような変化を見せるかで、女子フットサルの進歩の方向が見えるかもしれません。
繰り返すようですが、個人の守備技術、守備戦術を上げ、守備グループ戦術を行える事が、高度な守備チーム戦術を取り入れ、システムを機能させる事を可能とし、個人の攻撃技術、攻撃戦術が上げ、二人組に代表される攻撃グループ戦術を行える事が、高度な攻撃チーム戦術を取り入れ、システムを機能させる事が可能になると考えています。
例えば、運転免許取り立てだけど、お金もあればフェラーリを買って乗る事はできます。でもそれではフェラーリの性能を出しきれる事とは違うと言う事と同じだと思います。実際に優勝したarco-iris KOBEさんは日本国内において攻守に個人レベルが高い選手が多い。システム守備、システム攻撃もシンプルだけど、しっかりレベル高く機能している。それが故に連覇という素晴らしい結果に繋がっているのだと思います。
- 最後に丸岡RUCKレディースついてですか?
前川:これからの彼女達の成長を楽しみにしたいと思っています。「丸岡RUCKレディースの選手達は凄く走るね」と会場でしばしば耳にしました。これはチームの指導者と選手達の努力により手に入れた物で、この利点を生かさないのはもったいない。でも彼女達は何も考えずに走っていた訳ではない。小さい時から日々の積み重ねでベースがあったから、少ない私が行ったセッションの中でプレー強度を求めながら組織的に戦う事を、自分の物として吸収して対応できたのだと思います。
全日本選手権の結果は残念ながら準優勝です。でも彼女達がこの年齢でこの大会準優勝出来た事は素晴らしい事です。4月にスペインに行った時にその話をスペイン人の指導者仲間に話したら本当に驚いていました。更に多くの方々の尽力も有って今年の6月にはポルトガルで行われる大会にも出場すると聞きました。これで彼女達はチーム単位で実際に世界を知る事になります。「優勝を」「代表を」目指すと言った彼女達だから、きっと更にレベルアップして行く事を目指すでしょう。
この先、私が彼女達の指導をする幸運が有るかわかりませんが、本当に成長を楽しみにしたいです。